あとがき

はじめてのキャノンボールが風に恵まれ、大阪を出発し箱根の登りの手前でネットアベレージ30km/h、箱根を登り切って頭をよぎったのが「ヤバイ、ペースを落とさないと早く着きすぎる」だった。とてもおこがましい考えだが、まだTwitterを活用しておらず、快活クラブなどのネットカフェを使った事もなかった。新幹線の始発までに2時間以上もある。どのように時間を過ごしたらいいかわからない。ただその時、これならあと100kmくらいは走れるな。次は中山道キャノンボールをやってみようかな、と漠然と考えていた。

その頃は自分も中山道は今の中央道だと思っていたので、情報を得るためにネットで検索し、中山道キャノボを達成しました、という何人かのブログを見つけた。記念にサントリーの白洲工場のポットスティルの写真を撮るのがお決まりなのも知った。ところが一人だけ明らかに違うコースを通っている。めがね橋、碓氷峠、軽井沢。軽井沢?東京からは寧ろ北(正確には北西)で、大阪に向かうには全然違う場所の筈。そもそも中山道ってどのようなルートなんだろう。中学校の社会の教科書で五街道を習ったが、実際に地図で表記されていた記憶がない。この時初めて疑問が芽生え、調べてみるとどうも中山道と中央道は違うらしい。中央道は諏訪湖までを甲州街道、諏訪湖以降を中山道に基づいて作られている、という事をこの時初めて知った。明治になり佐久から諏訪湖に至る道が険しすぎて鉄道が敷設されず、東京と大阪を結ぶ街道としての機能が失われてしまった、という事も知った。

唯一本来の中山道を達成していたhideさんのまとめサイトを何度も何度も読み返す。とにかく一度試走に行こう。hideさんのRideWithGPSのルートをダウンロードし、ガーミンに登録する。諏訪湖のほとりに泊まる予定で宿をとり、2日間かけて岐阜までを試走した。驚きの連続だった。hideさんのルートはとにかく最短距離の直線突破。とんでもない急坂、道なき道を走って千曲川を渡っている。本当にこんな所を通ったのか。絶対自分には無理だな。
多少遠回りでも坂の緩やかなルートを通る事にする。本走では観光をする時間がないので、試走の時に中山道の宿場に寄りながらコースを辿る。本山宿、贄川宿、奈良井宿。なんと趣深い事か。

でもこんなの24時間以内に走れるわけがない、と改めて思う。しかしhideさんは22時間少しで達成している。もしかしたら自分でも24時間ギリギリで達成できるかも知れないな。とんでもなく楽天的な考えが頭に浮かぶ。hideさんはコース取りで土岐から先、やはり直線突破で昔の下街道の内津峠を通り岐阜に入っている。調べてみると中山道は土岐からR21として分岐、北上し、次月峠を通って岐阜に向かっている。獲得標高はあまり変わらない。自分は次月峠を通る事にした。2018年10月、無事中山道下りキャノンボールを達成する。

その後、当然のように中山道上りもやってみようと思う。そういえば、確か結婚してすぐの二十数年前に木曽の方へ旅をしてどこか宿場町に行った事を思い出す。あれはどこだったんだろう。アルバムを引っ張り出し、それが中山道の妻籠宿であることを知る。当時は車で行ったが、どこにあるのだろう。中津川から南木曽の間、木曽川が発電所を作れるくらい急峻で、R19もその区間はトンネルで通過している。昔は木曽川沿いに道を通せなかったので山の中、馬籠峠を通って中山道を作った。夏にサイクリングに行き、中山道上りではなんとしてもこの宿場町を通りたいと思った。距離はさほど変わらないが500mほど獲得標高が上がる。前回達成の23時間半から30分で登れるだろうか?その他にもせっかくだから、和田宿から軽井沢宿にかけ、なるべく旧中山道を通るルートを引いた。If it is not hard, it is not worth doing(難しくなければ挑戦する価値がない)という伝説のヨットマン、ピーター・ブレイクの言葉を思い出した。

1回目の失敗は一昨年秋。仕事が忙しくて準備も十分できていなかった。鳥居トンネルへの登りで膝が痛くなり、塩尻まで降りた所でリタイア。
2回目の失敗は昨年。本格的登りが始まる塩尻までに時間を稼がなくてはと思い、中津川までグロアベ27.5kmで走るも、塩尻峠で脚が売り切れてしまった。
3回目の失敗は3週間前。想定気温より高すぎて大量に汗をかき、中間地点で疲れきってしまってDNFを決めた。昨年40℃超でのアワイチTT5時間切りを達成していて暑さにはかなり自信があったのだが、12時間が限界だった。深夜に出発していれば状況は違ったかも知れない。
では今回の成功の要因は何だろうか。同日に同じ時間帯で、はくらいさんが東海道東京大阪キャノボを達成していたので、双方向で同日達成できるような穏やかな天気だった事は間違いない。
2回目の失敗を基に最後の軽井沢からの下りで時間を取り返せると考え、前半抑えたペース配分、これは大きい。
想定内の気温・体調。暑すぎると疲れ、寒すぎると走れなくなる。ほぼ予想どおりで服装とぴたりマッチした。
また、この時期、関東平野は北よりの風が吹いている事が多い。最後の120kmである高崎以降が追い風だったのも計画どおりだった。
あとは機材ドーピング。すべての速度域を考慮すると、抵抗の大半は空気抵抗とタイヤの転がり抵抗と考えられる。
グランツールで何度も優勝し、登れる空力マシンであるDogmaF10を下り中山道キャノボの時に用意した。前回の東海道下りキャノボで空力のよいホイールにTLタイヤ、DHバーを装備し、相当少ないパワーで達成できる事がわかった。ただDHバーだけで700gもの重量増しになる。山岳メインの中山道キャノボでは1gでも軽く抑えたい。カーボンハンドルバーの取り付け部分にキズが入っていたのも気になっていた。今年の6月のアワイチTTの自己最高4時間33分は、DHバーなしで下ハンだけを握って達成した。ポジションさえ工夫すればDHバーがなくても相当高速で巡行できる。今回はDHバーは未装着とした。
特筆すべきは、空力を追求したホイール、BORA WTO(風洞実験で最適化、の略)45の空気抵抗の少なさとGP5000TLの転がり抵抗の少なさだと思う。TL(チューブレスタイヤ)はタイヤとリムの相性やバルブからの空気漏れのトラブル、交換時の手間など運用は相当面倒だが、それを補って余りあるメリット、転がり抵抗の少なさがある。今回使ったコンチネンタルGP5000TLは、普段使っているGP5000CL(クリンチャータイヤ)と較べても、圧倒的に転がり抵抗が少ないのを実感できた。
ペダリングについて、登りでFTP(1時間維持できる最大パワー)で踏んでも、FTPの8割で踏んだ速度と1つの峠を越えるのにせいぜい10分くらいしか変わらない。しかも体力を大きく消耗する。下り緩斜面で自然落下に任せるのと、150W程度の回復走レベルの踏力で踏んだのとでは、疲労度はほとんど変わらないのにスピードは5kmから10kmくらいは上がってくる。
登りはなるべく頑張らず、下り基調の道路では休まない作戦を取った。休憩は走行記に書いたとおり、殆ど取らなかった。
以上のような要因で達成できたのだと思う。

さて、念願の中山道上り下りとも達成できた所で、これから何を狙おう。まずはこれからも毎年キャノンボールに挑戦しつづけ、生涯キャノンボーラーでありたい。まだやった事のない、清州のサントリーの工場を通る、中央道キャノンボールの上り下りもやってみたい。40年以上前、高校生だった頃に実家の大阪府八尾市から東京の山手線のおそらく五反田駅だったと思うが、ランドナーで寝ずに38時間かけて走り続けた。あの最初の大阪東京トライアルの、すべてR1に沿った道程をトレースし、東京まで24時間以内に走ってみたい。
最近様々な車種でキャノンボールを達成している人がいるが、自分の中で一番衝撃的だったのが、自分が昔乗っていたのと同じようなクロモリのランドナーに大きなフロントバッグもリアキャリアも付けたまま、24時間以内に達成したGUTTIさんのトライアルだった。最新マシンと最新ギアに頼りきりの自分には到底真似のできないことだが、本当にとんでもない事をやってのける人たちばかりで、見ているだけでもワクワクする。

暑すぎず寒すぎない、キャノボに良いシーズンになると、毎週のように日本橋の道路元標や梅田新地の道路元標より挑戦者たちが熱い想いを胸にスタートしていく。たとえ失敗に終わっても、決して折れない心を持ち、挑戦を続ける。困難に立ち向かっていく勇者たちに栄光あれ。すべてのキャノボチャレンジャーが、いつの日か達成し、キャノンボーラーとなる事を願ってやまない。
あなたもキャノンボーラーにならないか?

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