走行記-後編

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河渡橋で長良川を越えると岐阜市に入る。162.7km地点の名鉄岐阜駅前をスタートから6時間後の10時27分に通過。グロスアベレージは27km、ペースは悪くない。以前の中山道下りでは、残り200km8時間から達成した事を覚えている。3回の失敗の経験から、中津川までグロアベ25.64までに抑えて通過する計画だったので、気持ちオーバーペースだが出力も出しすぎていないし疲労もたまっていない。岐阜の市街地はやはり信号が多く、渋滞する。各務山の手前のコンビニで買い出しと豚まん補給。しまった、豚まんは熱くて食べながら走れない。コンビニ前で立ち食いし、買い物と合わせて所要時間7分で出発してR21に合流する。ここからラスボスである新和田トンネル(入口の標高1333m)に向けて道路は高度を上げて行く。

木曽川に合流する手前でR21は自動車専用道路のバイパスに分岐するので、旧道の木曽川沿いはぐんと車が減り走りやすい。木曽川を渡り可児市へ入る。ここからR19に入る前に最初の峠、次月峠(しづきとうげ)が現れる。以前の下りではこの峠を23時頃に通過したが、パトカーが止まっていたので、こんな休みの日に捕まって可哀そうやな、と思ったら大きな猪が轢かれていた。タイミングが悪ければ自分がぶつかったかと思うと肝を冷やしたが、今回は昼間なので大丈夫。旧中山道は次月峠(しづきとうげ)から土岐に入らず、細久手宿、大湫宿を通りゴルフ場の中を通って恵那の手前でR19に合流する。自分の脚力では絶対無理なのでここは割愛して新道の次月峠を通る。獲得標高300mほどの峠なので難なく通過して土岐でR19に合流、時刻は12時半。出発して8時間が経った。

ここまでの距離214km、グロアベ26.75km。気温は27℃。想定気温は3℃~20℃で少し暑いがまだ許容範囲内だ。元々は瑞浪市街地を直線的に抜ける計画だったが、お昼時なのと片側交互通行で渋滞していそうなので、少し遠回りだがR19のまま進む。アップダウンを繰り返し徐々に高度を上げながら中津川へ向かう。失敗した3回とも中津川で食事休憩を取っていたのだが、今回は温度が低めでクーリングが効いているせいか全然疲れていない。食糧もまだまだあるのでそのまま馬籠宿攻略へ向かう。斜度的には今回のコースの中で一番きつい区間。パワーを最大でも230W迄に押さえて淡々と登っていく。汗をかきながら馬籠宿上入口へ到着。ここではどうしても写真を撮ってほしかったので観光客の親子に声をかけてシャッターを押してもらう。ありがとうございます。ここからピークの馬籠峠までは2.5km斜度6.2%。このあたりの旧道は石畳の急坂で、自転車は担がないと通れない。新道の車道を通る事にする。ピークの馬籠峠から妻籠宿まではずっと下りで、妻籠宿の先でR19に復帰する。

R19に復帰した所で飲み物が切れかけたので、5kmほど行った所で自動販売機を見つけ、ネクターピーチを飲みスポドリをボトルに詰める。自動販売機休憩の所要時間2分40秒。ここから先、奈良井宿までは獲得標高約1300mの登りとなる。獲得標高だけ見ると大変そうだが、距離も50kmあるので、斜度的には大したことはない。平均勾配で2%程度。斜度が緩いので思ったより速度も落ちない。上松の寝覚ノ床の少し手前で中間地点となる。出発してから11時間半で通過。前回は12時間でここでリタイアしたな。ここまでパワーも抑え気味で来たので体力も全然残っている。これはいけるのではないか、とこの時初めて思う。ただ、休憩してごはんを食べる時間はないな、もしそれで時間内につけなかったら悔やんでも悔やみきれない、と考える。先日、日本縦断ギネス記録を更新した落合選手のことを思う。彼は6日間殆ど寝ずに走り続けた。それに比べたら24時間休憩無しぐらいどういう事はない筈、と自分に言い聞かせる。

しばらく走って福島宿(今の木曽福島)を抜け、木祖村に入る。木曽川の源流があり、木曽の祖なので木祖村というらしい。緩い坂道を登りつづけると、鳥居トンネルが見えてくる。鳥居トンネルでいったん登りは終わる。トンネルを抜けて少し下ると、ほどなく奈良井宿に着く。すでに下り始めているので、R19を一気に真直ぐ行った方が圧倒的に速いのだが、せっかくの中山道。左折してJRを越え、中山道の宿場の中で一番大きく、現在でも宿の保存状態がとても良い奈良井宿へ入る。宿の中で写真を撮ろうと思うが時々車が来る。自動車が宿場町を走っているのは風情がない。通り過ぎるのを待って写真を撮るが、後で写真を見たら駐車場の前だった。奈良井宿をゆっくり通過する。鳥居トンネル通過は出発してから12時間40分経過後だった。グロアベは25.32km、常に達成基準のグロアベ25kmを意識している。

奈良井宿から塩尻のR153合流まではほぼ下りで距離は26.5km。計画でも1時間しかみていなかったが、40分で通過。R153から塩尻峠へは旧中山道を走る。細くて急だが車も通れる道で走りやすい。R20に交差する所をさらに直進するのが旧中山道だが、かなり厳しい道なので右折して新道のR20を走る。いよいよ自分の中では剣ヶ峰と位置付けている塩尻峠を登る。そのあとに中山道最高地点の新和田トンネルが控えているのだが、塩尻峠を問題なく越えられれば、勢いで登れるだろう。実際に前々回はここで脚が売り切れ、パワーが70wしか出なくなってしまいリタイアしている。今回はまだまだ余裕があるのを感じる。塩尻峠到達時刻は18時20分。ゴールまで233.6km、残り時間10時間7分。グロアベ24kmあれば間に合う。ここから更に標高1333mの新和田トンネルを登るが、現在地の標高が800m近くあること考えると、登る必要量は500m程度。目的地日本橋は標高ほぼ0mなので、ここまで来られたら残りグロアベ25kmで走り切れる自信はある。これは楽勝なのではないか?と勝ったも同然の気分になる。リアルタイムで位置情報を確認できるGoogleMapを見て、ゴールに迎撃に来てくださったHideさん、フィリップさんは厳しいかな、と思っていたみたいだ。手持ちのパンも1パックになったので新和田トンネルアプローチ前に補給したかったがコンビニがなく、アンパン5個あれば新和田も越えれるやろ、と2つほど口に放りこんで登り始める。ゆっくり登っても60分ほどで勝利は確定やな、と楽天的なことばかり考える。新和田トンネル入り口到達19時20分、ゴールまで214.6km、残り9時間7分。サイコンには経過時間が表示されているので24:00から引くと残り時間がわかる。表示のきりのいい所、たとえば15時間経過では残り9時間だから残り距離/9、と暗算して、25を超えていなければ安心して走る。軽井沢手前の信濃追分からはもう登りはないはずなので、グロアベをどんどん稼ぐつもり。

ここからは想定ではいちばん寒い所と時間帯となる。新和田トンネルを抜けたらジレ、軽井沢でウィンドブレーカーを着るつもりだったが、なにしろ登って来たので暑い。そのまま下り始める。新和田トンネルは間もなく無料化するようだが今の所は有料道路で、トンネルから少し降りた所に料金所がある。自転車は50円。料金所のおじさんに寒いでしょう、と声をかけられ、8℃だからそれほどでもないです、と答える。想定最低気温は軽井沢の3℃。先日六甲山の下りで6.8℃でもジレ無し半袖で耐えられたので平気だろう、とたかをくくってそのままスピードを上げて降り始めた。ほどなく急に猛烈に寒さを感じる。もう身を切るような寒さで、いきなりシバリングがはじまる。あわてて真っ暗な中で路肩に自転車をとめ、背中のポケットからジレとウィンドブレーカーを出し、サコッシュを背負ったままの上からジレを羽織り、その上にウィンドブレーカーを着こむ。真っ暗でダブルジッパーがよく見えない。ライトで照らしながら着るが、手がかじかんでおもうように締められない。3分も停止してしまった。これはヤバい、しばらくは体温が回復しないかなと思ったが、今回のために購入した新兵器、Raphaのブルべインサレーティッドジレの中綿が思いのほか暖かい。ほどなくシバリングも収まり、真っ暗だけどそれほどカーブのない下りをスピードをつけてどんどん下っていく。

だいぶ下って街に近づいた所にセブンイレブンがあった。食糧も切れかけていたので買い物をする。もう到着まで何も買わないでいいようにしよう。豚まんを食べ暖かいカフェラテを飲み、服を着なおして一番外にサコッシュを出し、食糧を詰める。出発寸前で、貼るカイロを買っておこうと思いつき、小さいものを2つ買って1つはお腹に貼り付け、1つは予備として封を切らずにサコッシュに入れる。ここのコンビニで結局18分も使ってしまった。外に出ると寒さを感じる。寒い時期のライドは暖かい所を出た時がいちばん辛い。峠の上で休憩をとるのはもってのほか。とにかく出発後すぐに運動できる状態の所で休憩をとるのがよい。やや下りの道だが重たいギヤでペダルを踏み、身体を温める。もういちばん大きな峠は越えた。あとは笠取峠と軽井沢に登るのみ。どちらも勝尾寺程度の小物のはず。つい地元の峠に置き換えて考えてしまう。時刻も20時をまわっているので、真っ暗で何も見えない。夜に走るのってほんとに楽しくないな。そんな事を考えながら笠取峠への分岐に進む。ちらちらサイコンを見ては、残り必要グロアベを計算する。最後の2時間は信号峠だが、信濃追分で残り時間が6時間あれば最初の4時間でじゅうぶん余裕ができると考える。笠取峠を越え、芦田宿に入る。直進すれば真直ぐで距離も短いのに、わざわざ旧中山道を通るために曲がりくねった細い急坂を通って茂田井間の宿と望月宿を通る。昼間だと旧街道の良さを味わえるのだが、夜だとただの狭い道。ちょっと後悔しながら望月トンネルを抜け佐久に入る。ここも旧中山道を通って八幡宿を通過する。

やがて千曲川を渡る。ここはサイクリングや下りキャノボで何度か通っている。千曲川を越える橋は思い入れが深い。このあたりはいかにも旧街道という感じで趣があるが、夜だから何も見えない。 千曲川を渡って塩名田宿を通過し、佐久から軽井沢に登り始める。 千曲川から信濃追分までは17km、獲得標高400m。これが今回の旅の最後の登りとなる。しなの鉄道により旧中山道が分断された御代田駅を少し迷いながら通過。真っ暗な坂道を登りながら、誰も通らないのをいいことに、中山道よ力をくれ、と声に出して叫ぶ。21時50分、R18に合流。あと163km、6時間37分、必要グロアベ24.7。今は標高1000m近い所にいる。これは絶対間に合う筈だが、最後の信号峠2時間分を、それまでにどれだけ稼げるかが勝負だと思う。5分ほどで信濃追分を抜け、下りはじめる。軽井沢駅前を通り、わずかに登って碓氷峠に達するとすぐに下りがはじまる。よっしゃ、と思う間もなく、なんじゃこりゃー、と叫ぶ。真っ暗でグネグネ、危なくてスピードが出せない。サイコンを地図表示にして先の道を読みながら降りるが、「急カーブ警告」というサイコンの表示が邪魔でルートが見えにくい。仕方なくスピードを抑え気味で降りる。追い越す車も登ってくる車も全くなく漆黒の世界。これはコケたら明日の朝まで誰も助けてくれへんな、とかなり慎重になる。横の柵だか歩道だかの向こうを、何かがガサガサとついてくる。ライトの照らす向こうでは2つの点が怪しく光る。ここはけもの天国。到着した後、フィリップさんに軽井沢は熊でますよ、と恐ろしい事を聞いた。めがね橋の写真を撮ろうと思っていたのだけど、どこにあるのかも全くわからない。下に川がある所のそばではじめて街灯が1つあり、やがて建物が現れたとおもったら、今度は妙に一直線の道が出てきた。民家もあって明るい。これは助かった。スピードを上げる。やがてバイパスと合流し、どんどん走りやすい道になっていく。松井田町で旧道に入ったが、信号に3回引っ掛かったので多少登るが松井田バイパスを通ったほうが早かった。

高崎のインターチェンジを回避するのにいったん歩道橋を押して上がって碓氷川を渡り、高崎駅の手前でR17に復帰する。サイコンのバッテリーが40%を切った。最後まで持ちそうだけどモバイルバッテリーをつないで充電しながら走る。50%超まで回復したので、今度は残り8%になったスマホにつないでバッテリーごとバックポケットにつっこむ。時刻は23時36分。あと4時間50分のうちに115km走ればよい。埼玉県の信号峠までにひたすら距離を稼ぐだけ。パワーが170wを切らないように気を付けながら、時々200wを越えて時速35km以上で巡行する。エネルギーを生み出すために、余っているパンを次々と口に放りこむ。深谷市で飲み物が尽きたので自動販売機を見つけて購入、ついでに暑くなってきたのでウィンドブレーカーを脱いでバックポケットにしまう。VOLT800もバッテリー警告の赤ランプはまだついていなかったが予備に交換する。5分間の停止。再スタートしてぐいぐい走り始める。もう100kmを切った。時間の経過に従いサイコンを見ながら必要グロアベを1時間ごとに計算する。23kmで大丈夫、21kmで大丈夫、と考えながら走る。これだけ余裕があるならR17バイパスを通らなくても間に合うのではないか、とも考える。だが万一間に合わなかったら大変だ。ここは予定通りR17バイパ スを通ることにする。

上尾市の先からR17バイパスに入り、軽車両禁止の標識がでていないかよく確認して高架道を上がる。速い速い、と思ったのは最初のうちだけだった。途中から高架ではなくなり、信号待ちをしていてやっと青になったと思ったら、次の交差点の歩行者用信号が点滅しだす。埼玉県警地獄の信号管制メソッドだな。中山道下りの時も酷い目にあった。なんで夜中の誰も走らない交差点の幹線道路側をわざわざ赤にするんだろう。無駄に車も人もこない信号を待ちながら、埼玉県警のバカやろーと悪態をつく。これならR17のほうが距離が3kmくらい短い分ましだったに違いない。でも残り40kmで2時間あるからさすがに遅れる事はないだろう、と心を落ち着ける。やっとの事で荒川を越え、東京都に入る。あと20km、残り1時間20分。R17に復帰、あと12km、残り1時間。しばらく走るとhideさんが迎撃に来てくれた。後ろについてくれたので少し会話をして一緒に走り出す。もうゆっくりでもいいのだけど、ちょっと格好をつけてガシガシ踏んでおこう、と思ったら動画をとってくれていた。Twitterにアップしてくれていたので、ちゃんと走っておいてよかった。次にフィリップさんが登場。ほんとこんな時間にありがたくて涙がでる。日本橋が見えてきた。最終アプローチ。左側通行なので道路元標の向かい側でゴール、と思って止まってサイコンの写真を撮ろうとしたら、道路元標に渡る信号が青になってhideさんに渡ってーと言われる。ふらふらと道路元標前までいって、あらためてゴール。無事到着、3度目の正直ならぬ4度目でようやく中山道上り、24時間以内に達成となりました。

あとがき